「眠れない」悩みは筋トレで解決?睡眠の質を劇的に高める科学的理由

2017年7月のTime誌に、ある精神科医の興味深い体験談が掲載されました。

精神科医のオークランダー氏は、多忙な仕事と不規則な生活から心身の不調を感じていました。そこで、普段患者に勧めている「運動の重要性」を自ら実践すべく、トレーナーをつけて筋トレを開始しました。 開始から1ヶ月後、彼は自身の変化についてこう語っています。

「睡眠時間が少ないにもかかわらず、ぐっすりと眠れるようになりました。そしてエネルギーに満ち溢れている自分に気づきました」

この実感を裏付けるように、同月、世界で初めて「レジスタンストレーニング(筋トレ)と睡眠」に関するシステマティックレビュー(質の高い研究データを集めて分析した信頼性の高い報告)が、雑誌『Sleep Medicine Reviews』に掲載されました。

著者であるマックマスター大学のKovacevicらは、このレビューで以下のように結論づけています。

「レジスタンストレーニングは、睡眠の質を大きく改善させる」

本記事では、このレビューを紐解きながら、筋トレが睡眠に与える科学的なメリットについて解説します。


1. 睡眠の質とは何か?(基礎知識)

睡眠の質を理解するためには、「睡眠構造(sleep architecture)」を知る必要があります。私たちの睡眠は、大きく分けて2つの状態を繰り返しています。

  • レム睡眠(浅い眠り): 脳が覚醒時以上に活動しており、夢を見ることが多い状態。身体は休息していますが、脳は動いています。
  • ノンレム睡眠(深い眠り): 脳の活動が収まり、ぐっすりと寝ている状態。

さらにノンレム睡眠は深さによってステージが分かれます。

  • ステージ1〜2:浅いノンレム睡眠
  • 徐波睡眠(ステージ3〜4):最も深いノンレム睡眠

睡眠の質が良い状態とは、単に時間が長いことではなく、深いノンレム睡眠である「徐波睡眠」が十分に確保できている状態を指します。

加齢や性別による違い

  • 加齢の影響: 高齢になると「寝付きが悪い」「長く寝ても疲れが取れない」という悩みが増えます。これは、入眠までの時間が長くなり、深い徐波睡眠が減少するためです(Ohayon MM, 2004)。
  • 性差の影響: 女性は男性に比べて睡眠時間が短い傾向にありますが、浅い睡眠が少なく、深い徐波睡眠が多いという特徴があります(Walsleben JA, 2004)。つまり、女性は短時間でも深く眠れる傾向があると言えます。

2. 筋トレが睡眠の質を高めるエビデンス

これまで、運動が睡眠に良いとするデータの多くはジョギングなどの有酸素運動に関するものでした。しかし、Kovacevicらによる2017年のシステマティックレビュー(13の研究報告を統合)によって、筋トレの効果が明確になりました。

結論は非常にシンプルです。

「レジスタンストレーニングは睡眠の量は増やさないが、睡眠の質を高める」

習慣的に筋トレを行っている場合、睡眠時間そのものは増えません。しかし、浅い眠り(ステージ1)が減少し、深い眠り(徐波睡眠)が増加することが示されました。つまり、筋トレは「睡眠の深さ」を強化するのです。

「量」と「頻度」が鍵

さらに、どのようなトレーニングが効果的かという統計解析も行われました。その結果、睡眠の質はトレーニングの「総負荷量」と「頻度」に依存することが判明しました。

  • 総負荷量(強度×回数): 少ない負荷よりも、高い総負荷量の方が効果的である。
  • 頻度: 週1〜2回よりも、週3回の方が改善効果が高い。

つまり、しっかりと負荷をかけ、習慣的に行うことこそが快眠への近道なのです。


3. なぜ筋トレでよく眠れるようになるのか?

筋トレが睡眠の質を改善させるメカニズムには、いくつかの要因が推察されています。

  • 体温の上昇: 筋トレによって睡眠中の体温が上昇し、これが深い徐波睡眠を誘発すると考えられています(Shioda K, 2012)。
  • 自律神経の調整: トレーニングによる心拍数の増加が迷走神経を刺激し、睡眠時の心拍数を低下させることで質が改善すると推察されています(Sandercock GR, 2005)。
  • 不安の解消: 筋トレは不安を解消する効果があります。これにより脳由来神経栄養因子(BDNF)が増加し、睡眠の質の改善に寄与することが示唆されています(Brosse AL, 2002)。

その他、グルコース代謝や成長ホルモンの関与も推測されていますが、これらについてはさらなる検証が待たれます。


睡眠と筋肉に関するまとめ

Kovacevicらのレビューは、筋トレが睡眠の質を高めることを世界で初めて科学的に裏付けました。 重要なポイントは以下の通りです。

  • 筋トレは、深い睡眠(徐波睡眠)を増加させる。
  • その効果は、トレーニングの量と頻度に比例する。
  • 体温上昇や心拍数の安定、不安解消などが複合的に作用している。

参考論文

Kovacevic A, et al. The effect of resistance exercise on sleep: A systematic review of randomized controlled trials. Sleep Med Rev. 2017 Jul 19. pii: S1087-0792(16)30152-6. Ohayon MM, et al. Meta-analysis of quantitative sleep parameters from childhood to old age in healthy individuals: developing normative sleep values across the human lifespan. Sleep. 2004 Nov 1;27(7):1255-73. Walsleben JA, et al. Sleep and reported daytime sleepiness in normal subjects: the Sleep Heart Health Study. Sleep. 2004 Mar 15;27(2):293-8. Uchida S, et al. Exercise effects on sleep physiology. Front Neurol. 2012 Apr 2;3:48. Shioda K, et al. The effect of acute high-intensity exercise on following night sleep. J. Japanese Soc. Clin. Sports Med. 2012. Sandercock GR, et al. Effects of exercise on heart rate variability: inferences from meta-analysis. Med Sci Sports Exerc. 2005 Mar;37(3):433-9. Brosse AL, et al. Exercise and the treatment of clinical depression in adults: recent findings and future directions. Sports Med. 2002;32(12):741-60. Carskadon MA, et al. Monitoring and staging human sleep. Principles and practice of sleep medicine. 5th ed. St. Louis: Elsevier Saunders; 2011. p. 16-26.

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